あっさり引退!?
もうずいぶん昔の、ちょうど今の季節、
僕は大学2年生を終えようとしていた。
以前書いたように、その頃は小田急線相模大野駅付近に住んでいたけど、
大学3年になると校舎は世田谷になるので、引っ越しをしなければいけなかった。
今考えると、相模原から世田谷に引っ越すと家賃がかなりあがるので、
多少通学に時間がかかっても、水道光熱費込みで15000円の安アパートのままで我慢してれば良かったのかもしれないけど、
当時は今より朝に弱く、通学にかかる時間が30分以上増えるっていうのは非常にやっかいなことだった。
それで、相模大野の安アパートの時同様、学校からの紹介により、
その安アパート同等の、いやトイレが共同じゃなくなったからちょっとはましになった部屋に引っ越すことに決めた。
と、同時に引っ越しをしなければいけない、っていう当たり前だが、何も考えてなかった自分にとって、やっかいな問題が浮上した。
周りの友人に聞くと、業者に頼んだとか、レンタカーのトラックを借りたとか、いわばまっとうな選択をしていた。
しかし、自分はいくら学校紹介とはいえ、引っ越しにかかるお金はできる限り抑えたいと思っていた。
そんなことを友人の一人に教えたら、
「俺が友達から車借りてやるよ」とうれしい提案をしてくれた。
それから、その引っ越し予定日に向けて日々荷造りが始まった。
冷蔵庫、テレビ、炊飯器、壊れかけのミニコンポと楽器類。
衣服、食器類、レコードやカセット、本雑誌類などを段ボールに詰め込んだ。
そして、引っ越しの当日、友人が借りてきたという自動車、軽自動車に乗ってやってきた。
その軽自動車に荷物を詰め込んで、世田谷に向かって出発・・・と思った時、
軽自動車に入れ忘れたものを発見した。
それは、上京する際に田舎より持ってきた中古のおんぼろ自転車。
さすがにもう軽自動車の中は荷物で目一杯。
助手席に乗る自分の腿の上、足元にも荷物があるような状態。
しかたないので、その日はそのまま置き去りにして世田谷に向かって出発した。
世田谷到着後、少ない荷物故サクッと荷物を部屋に入れ、友人にささやかなお礼をして僕の引っ越し作業はひとまず終わった。
荷物だらけの部屋で思った。
あのチャリどうしよう・・・まぁ、やっぱり一番金のかからないあの方法しかないな、
と、その日は少し段ボールを開けたくらいで一日を終えた。
翌日、目を覚ました僕は駅に向かい小田急線に乗り、以前のアパートに向かった。
相模大野駅からも歩いて15分くらいあったので、結局1時間ぐらいかけて、結局昼過ぎに到着したんだと思う。
すぐさま昨日置いたままにした自転車に跨がり、世田谷に向けて出発した。
最初は軽快に、それこそ立ちこぎなんかを織り交ぜながら国道を飛ばしていたけど、
30分もすると、予想どおり疲れてきて、
「はぁ〜つらいなぁ・・・」
「なんかいい方法ないかぁ・・・」
「粋な外人みたいに電車にチャリ入れられないのかなぁ・・・」
なんて、ぶつぶついいながらも、新潟の3月と違いよく晴れ渡った、それでもまだ肌寒い空気の中、しかたなくそのままだらだらと走り続けた。
もはや途中の詳細は覚えてないけど、途中で何度も休憩を取り、すぐまた走り出すなどし、結局世田谷に到着した時はもうあたりは暗くなり始めていた。
結局ほぼ数時間かけての自転車での移動。
とても疲れたし、これ以上の自転車での移動は今の今までもないものだった。
そんな引っ越し完全完了の翌日、アパートの周りを自転車で走ってみようと思ったのだが、
昨日の負担のせいか、タイヤがパンクしていた。
自転車を引きながらようやく見つけた自転車さんに診てもらったら、タイヤが古いからタイヤ自体替えないと駄目だと言われた。
ちなみにと、タイヤの値段を聴いたら、パンク修理なんかと違ってなかなかの値段。
そこで、当時の自分が出した結論は・・・田舎から、高校の頃乗っていた原付きを取り寄せるっていうことだった。
では、自転車は?
そう、あっさりと引退させたのでした。
と言うわけで、当時の自分の腑甲斐無い選択のせいで、自転車は即引退。
同時に前日の長時間の移動は、ただのサイクリングとなったのでした・・・やれやれ
登り坂が多かった記憶が・・・
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