貴重な記憶

その日は確か春の暖かい気持ちのいい日だった。

大学生になったばかりの自分は何かの授業を終え、帰り支度をしていた。

授業はつまらなかったし、眠くてしょうがなかったけど、

それでもこれから始まる大学生活に期待を膨らませていた、そんな頃。

さてと、バイトでも探しに行くかな・・・と、立ち上がろうとしたその時、

前の席に座っていた、同じクラスの男が話しかけてきた。

その男は確か自分と同じく、地方から上京してきた男で、

正直、名前出身地はおろか風貌の感じすら覚えていない・・・

まぁ、その辺は20年、いや30年近く経とうとしているから無理もないだろう・・・

その男と、暫し歓談した後、確かこう言われた「これから俺のアパートに来る?」。

別に急ぐ用事もないので、そのまま付いて行った。

多分に西日が眩しい道を少し歩くと、確か校舎からほど近かったせいか、すぐその男のアパートに着いた。

アパートの部屋でいろいろなことを話したが、もちろんほとんど覚えていない・・・

それでもこう言われたのだけは覚えている。

「俺大学辞めようかな・・・」

当時は多分にバブルの頂点に向かっていた頃。

こんな物言い、物言いな奴は多かった。

その都度自分は、だったら入らなきゃいいのに、と思ったけど、

その場は「ツマンネーもんな」なんてテキトーなことを宣ったりしたと思う。

実際そいつはそれからすぐに大学を辞めてしまうんだけど・・・

そんな上記したように、ほとんど覚えていない男との、

ほとんど覚えていない一回だけ部屋で話し込んだ件だけど、

上記した「俺大学辞めようかな・・・」という一言と、

アパートの部屋に差し込むナイフのような形をした西日の映像だけは、

何故だか記憶にしっかりと、耳に突き刺さる騒音の余韻のように、

瞳に焼き付く太陽の跡のように、残っている。

でも・・・ただでさえ日々年々刻々と記憶が薄れつつある今日この頃。

そんな、今となってはどうでもいい、10代の小僧のぼやきなんぞはさっさと忘れてもいいから、

その分他の楽しいことをしっかりと忘れずに記憶していたい、

そんな自分なんです・・・悪いね誰かさん♪





もどる

inserted by FC2 system